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更新日 2023/06/10

カムイチェプ読本 北海道の新しいサケ管理

カムイチェプ読本わたしたち人類にとって、サケは自然界からのかけがえのない贈り物です。

なかでも北海道島を含む太平洋北西部沿岸の河川に繁殖地を持つサケ(学名 Oncorhynchus keta)は、カラフトマス(O. gorbuscha)やサクラマス(O. masou)とともに、広大な北太平洋海域とこれらの陸域を行き来しながら、各地で独特の生態系を形づくり、また有史以前から、そこに暮らす人々の生活を支えてきました。

先住民族アイヌは、河川を遡上するサケを「カムイチェプ」(神が与えてくれた魚)と敬意を込めて呼び、主食・素材・交易品・信仰対象などさまざまな形で利用しながら、19世紀半ばまで、各水系の個体群をそれぞれ高いレベルで保ち続けていました。

ところが1869年、日本国家によるアイヌモシㇼ(蝦夷地)領土化を契機にいわゆる北海道開拓が本格化すると、乱獲と河川環境破壊が急速に進みます。政府は「資源保護」を名目に、流域先住民の日々の主食を得るためのサケ漁まで厳禁しますが、「サケののぼる川」は次々に消えていきました。20世紀中盤以降は、ただ水揚げ増大だけを目指して、「もはやサケに自然繁殖は不要」といわんばかりの徹底的な人工孵化増殖政策が推進されます。アイヌを含む流域住民は、「共生する生き物としてのサケ」からいっそう遠ざけられました。

国際社会に目を移せば、この間、生物多様性条約(CBD、1993年)、先住民族の権利に関する国際連合宣言(UNDRIP、2007年)、持続可能な開発のための2030アジェンダが提唱する「持続可能な開発目標」(SDGs、2015年)など、環境保全や人権保障に立脚する新しい規範や目標が生まれ、すでに多くの政府やNGO・企業などがそちらに舵を切り始めています。

いま、北海道で沿岸サケ漁業が不振をきわめるなか、人工孵化増殖に依存しない「野生魚」の再評価が進んでいます。サケの自由な往来を妨げていたダムのスリット化工事など環境復元が各地で試みられ、また先住民族アイヌにサケ漁の権利を保障するよう求める運動がかつてない盛り上がりを見せているのは、決して偶然ではありません。

繰り返しになりますが、わたしたち人類にとって、サケは自然界からのかけがえのない贈り物です。これからわたしたちが選び取るべき北海道の新しいサケ管理の姿をご提案します。

——カムイチェプ読本「はじめに」より

この作品は「クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利4.0国際 ライセンス」の下に提供されています。


もくじ

はじめに
十勝川とサケ
藻鼈川とサケ
沙流川とサケ
石狩川とサケ
アイヌとカムイチェプ
アシㇼチェプノミのこころ(豊川重雄エカシ)/サッポロ カムイ チェウッ アエカン ホウッ オンカミ(葛野辰次郎エカシ)/サケには新しいイパッケニを(杉村キナラブックフチ)/キツネのチャランケ(鍋沢ねぷきフチ)/サケと先住民(渡部 裕さん)
日本が封じたアイヌの「川サケ権」 山田伸一さんの講演から
日本の沖合・遠洋サケ漁業の拡大と縮小
北海道沿岸サケ漁業
人工増殖事業の川サケ捕獲
野生サケと人工孵化放流 森田健太郎さんの講演から
豊平川の野生サケを増やす 有賀 望さんの講演から
国際認証制度の可能性 西原智昭さんの講演から
サケってこんなお魚
北アメリカ先住民と漁業権 広瀬健一郎さんの講演から
提言・北海道の新しいサケ管理


発行日 2021年3月31日

著者/カムイチェプ・プロジェクト研究会

表紙・扉イラスト/かじ さやか

編集・DTP/平田剛士

発行/NPO法人さっぽろ自由学校「遊」
〒060-0061 札幌市中央区南1条西5丁目愛生舘ビル5F
TEL.011-252-6752 FAX.011-252-6751

助成/JANICグローバル共生ファンド


印刷版「カムイチェプ読本」の記述に間違いがありました。お詫びして訂正します。

P14
(誤)貝澤さんはかつて、地元の沙流川に巨大ダムをつくった建設省=国を相手取って「二風谷ダム裁判」を闘い、勝訴した原告の一人です。

(正)貝澤さんはかつて、地元の沙流川に巨大ダムをつくった建設省=国を相手取って「二風谷ダム裁判」を闘い、 実質勝訴 した原告の一人です。

(参考)1997年3月27日、札幌地裁の一宮和夫裁判長は、「国は、先住少数民族であるアイヌ民族独自の文化に最大限の配慮をなさなければならないのに、二風谷ダム建設により得られる洪水調整等の公共の利益がこれによって失われるアイヌ民族の文化享有権などの価値に優越するかどうかを判断するために必要な調査等を怠り、本来最も重視すべき諸価値を不当に軽視ないし無視し」たとして、そもそも同ダム計画時点での建設大臣の事業認定(着工のゴーサイン)からして違法である、とした。さらに判決は、アイヌを「先住民族」と明確に位置づけ、「民族固有の文化を享有する権利」が憲法13条(「個人の尊重、生命・自由・幸福追求の権利の尊重」)によって保障されると初めて判断。その権利を侵すことは、たとえダム建設のような公共事業でも、「同化政策によりアイヌ民族独自の文化を衰退させてきた歴史的経緯に対する反省の意を込めて最大限の配慮がなされなければならない」(主文)と、被告=政府にはっきり言い渡した。

一方で、一宮裁判長は、このダムが「無目的ダム」だとは認めずに、すでにダムに貯水されていることを理由に収用裁決の取り消し請求は棄却した。たとえ違法であっても、現状をやむなしとする「事情判決」システムの欠陥を改めて露呈もしたわけだ。裁判に形式的には「負けなかった」被告=政府側は控訴しないことを決め、判決は確定した。

(平田剛士「制動装置なきシステムが『無目的ダム』を作る/北海道・二風谷ダム」「週刊金曜日」編『環境を破壊する公共事業』緑風出版、1997年)から引用、一部修正)


P26、表「北海道行政機構のうつりかわり」
(誤)1986-1946 北海道庁期

(正) 1886 -1946 北海道庁期

編集者(平田)が間違ってタイプし、校正でも見逃しました。